人を番号で呼び、名前を使わない世界

私が学生時代は名前を呼ぶのが当たり前でした。

私が学生だったのは十数年前ですが、当時は臨床の現場でも患者さんを名前で呼ぶのは当たり前でした。私が学生時代にアルバイトをしていた病院でも大きな声で「〇〇さーん、お待たせしました!」と大きな声で呼ぶのが一般的です。待合室には大勢の方がいて、大きな声を出さないと声が届かないのです。私のアルバイト先は高齢者ばかりでしたのでなおさら大声でした。

当時の勤め先では診察室がいくつか並んでいるのですが、隣の部屋の会話は丸聞こえが当たり前で、耳を澄まさなくても全て聞こえます。視覚的プライバシーが守られているだけで音声は全て聞こえるという環境でした。

それから健診の世界に飛び込んできたわけなのですが、健診の世界も当時は名前を呼ぶのが当たり前でした。名字だけだとミスにつながるので必ずフルネームでお呼びするというのがルールでしたね。

それから随分と個人情報にはうるさくなったものです。情報化社会と言いますか、どんどん多くのデータを扱うようになって社会のルール作りも厳しくなりました。その結果、個人情報への配慮はかつてないくらい高まってきたと言えます。

そんな今、私の勤め先では受診者さんのことを名前で呼ぶことは無くなりました。番号で呼ぶのです。このことは何も独自の考え方ではなく、その様に行うことがスタンダードと決められているようです。

かなり前でしたが、病院で番号で呼ばれたことに腹を立てて病院職員に文句を言った政治家のニュースがありましたが、今ではそれが当たり前であり、推奨されているようです。名前で呼ぶのもダメな社会と言うのが本当に良いのかは疑問ですが、それが社会の要請なのかもしれません。少し行き過ぎているな・・と感じる私は世間からずれているのでしょうか。

以前、個人情報の扱いで病院間の情報のやり取りが上手く行かなかった話をご紹介したことがりますが、この様な問題を引き起こしてまで守るべき個人情報と言うのは何なのでしょうね・・と思うのです。

そうは言っても世の中の流れは個人情報を守ることが何よりも大切と言う方向に傾いています。こんなことを言うと古き良き時代の話をしてばかりの年寄扱いされそうですが、どこかで歯止めをかけないと必要な時に必要なことが出来ない社会になってしまいそうで不安を感じています。

私はこれ、大声を出すごく一部の人の影響を拾い上げすぎているのだと思えてなりません。何かあるとすぐに大きなニュースになり、場合によっては再起不能になります。そんなリスクを冒すくらいなら思考停止した方が楽と言う人も増えていくのでしょう。少し心配です。

参考:個人情報を保護して人を守らず

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