ストレスチェックでわかることの誤解

どうも誤解されている気がする・・。

勿論、何が正しいというわけではないので私の言っていることも正しいとは限らないのですが、それにしても気になることが多いのがストレスチェックの世界です。

医療従事者の中でもこのストレスチェックの仕組みがあまり良いものではないという声が上がっているのは周知の事実ですが、だからと言って他の良い方法があるわけでもないのが現実です。その原因になっているのが以下の問題なんですよね。

ストレス状態を客観的に証明する指標は存在しない。

そのためストレスチェックでも問診だけでストレス状況を判断することになります。難しい項目はありませんので、自分で自分を偽ろうとすればどのような結果でも自由自在になるというのが現実です。

サービス提供側の健診機関ですので数えきれないほどのストレスチェックの問診を見てきましたが、やはりいるのが適当に問診を書いたり、白紙提出してくる人は少なからずいます。そんな適当な実施も一つの情報ではあるのですが、そのような情報の集合体がストレスチェックの職場分析、集団分析だったりします。

そんなわけで、私は一個人としてストレスチェックを以下のように思っています。

ストレスチェックの結果としてわかることは、そのような結果を出す職場(または本人)であったという事実のみ

要するに一回分のストレスチェックの結果や集団分析の結果だけ見ても何にもわからないだろうと思うのです。

適当に回答する人も多いですし、職場の圧力から正直に書かない人もいるでしょう。どう見ても荒れているはずなのに満点近い結果を出す職場など、教科書的には平均的な職場よりリスクが低いとなりますが、かなり深刻な状態ではないかと私は思います。

逆にかなり悪い状態の職場であっても、ある程度それを表に出せる環境の方が健全と思ったりもします。勿論程度の差はありますし、必ずしもこういう時はこうという判断が出来るわけではないでしょう。要するに大切なのは解釈なのだと思います。

その職場を知っている人が集団分析を継続的に作成し、そのストーリーの中から組織としての変化を読み解く解釈が必要になるのだと思いますよ。外部の専門家はそれをサポートするのが限度であり、やはり組織をよくしていくのは内部の人間だと私は思います。

仮に一定の割合で適当な回答があったとしても、同じ条件で再度実施すれば変化を比較することはできるでしょう。そんな考え方をするしかありません。

そんなわけでストレスチェックは虚偽もインチキも適当も全て飲み込んだ上で解釈をするものだと思っています。非常に切れ味の悪い情報ではありますが、職場という集団のメンタルヘルスに関しては数少ない情報ですので、これを有効に使ってもらえるようにしたいですね。

とはいえ、解釈というものは客観的には思い込みと表裏一体です。そこに理論があろうとなかろうと、誰もを納得させる客観性には乏しいものです。結果で示していかなくてはならないメンタルヘルスの難しいところかもしれませんね。

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