問診を大事にしたいという医療機関側の熱意について

問診って書くの面倒だと思っていませんか?

私は面倒です。はっきり言って、毎年同じことを書きたくないというのが本音です。私の様に毎年色々なところで受けていると、前年の情報が無いので仕方ないと我慢もできるのですが、毎年同じところで検査を受けているのにもかかわらず、毎年問診を書かせるということに不満の声が出るのはよく聞かれる話です。

実は私の職場はそういったタイプの健診機関です。問診は毎回白紙状態にしてすべてを毎回書いてもらう仕組みが採用されています。そのためどうしても書くのが面倒になってしまいます。昔からこの様な仕組みに対する苦言やクレームはありましたが、最近では随分と増えてきたように思います。

勿論こんな仕様にしているのにもわけがあるんですよ?バス健診などの場合には一時的とは言え、全ての人の情報が紙に印刷された状態で世の中に存在することになります。それらを悪用することの無いように情報が見えないようにするためには、かつて書いた問診を消去してしまうのが最も有効な手段なのです。

そんな問診ですが、業界的(?)によりしっかりとした問診を取るようにしようという動きが生まれてきています。問診項目は特定の病気の目印となる症状を確認するための物であり、丁寧に書くことによって検査の際の目的を明確にすることが出来る場合もあるようです。

この様な感じで実際の検査に活用したり、様々な運用に活用することが本来の目的です。そのため検査を行う側としては、より多くの情報を集めたいというのが本音です。それによって検査の力の入れどころにも影響を及ぼすのです。

しかしながらこうしてまとめられた情報は、必ずしもすべて適切に活用するとは限りません。不要なものを不要と区別して考えることが出来るかどうかと言った点が重要になってきます。折角手間暇をかけて、十分な時間を取って解決してきた実績のある内容であっても、必ずしも新しいものが良いとは限らない場合もありますのでご注意ください。

あとは健診機関側のニーズを一方的に押し付けることがサービス業としていかがなものかと言う考え方もあります。医療従事者側が良かれと思って作るものは大体がボリュームが多く、もっとコンパクトにしてほしいという要請に曝されることになるのです。このバランスを要求される方は結構苦しい思いをしているのだろうなと思います。

何と言っても医師も一枚岩ではないというのが物事を難しくしていますね。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする