印象に残った言葉:まさに敬老の日だな

医師の手配を担当している職員の言葉です。

病院という医療機関を利用する側にしてみれば、医師が病院にいるというのは当たり前だと感じるかもしれません。しかし現実的に医師の募集を大々的にしている医療機関というのを目にしたことがありますでしょうか?たぶんないと思います。

ラーメン屋などの飲食店や、スーパーなどの小売店では人材不足から利用客に見てもらう目的で求人広告などを店内に貼ることがありますが、これは相当に差し迫っている状況を示しているものであると言えるでしょう。

病院ではこのような募集をしたら「ここ大丈夫なの?」ということになりかねないからなのでしょうか、実際に見えやすいところに求人広告が出ていることはあまりありません。常時募集中の看護師は例外かもしれませんけどね。

そんな人手不足の状況は医療の世界にもあるのですが、医療機関において医師の存在は非常に重要で代わりが利きません。医師がいないけど、コメディカルで力を合わせて何とか乗り切ろうというわけにはいかないのです。法的な意味で。

そんなわけで健診機関には年に数回程度は医師の急な事情で診察をする医師が直前になって不足することがあります。臨床の現場であれば何かがあっても大学の医局との連携などですぐに変わりの医師が来ることがあるかもしれませんが、健診の現場は比較的軽く見られているような気がします。以下のような理由で医師が来なかったことがあるのでいかがなものかなと思ったりもします。

*寝坊

*道に迷った

*都合が悪くなった(前日夜)

こんなことがあるので、医師の勤務を管理する担当者は胃や心を病んでしまうこともあるのだとか。もちろんこれらは想定されるリスクですので、あらかじめ代診を頼むことが出来る先生を見つけています。

とは言え、いつでも仕事を頼めるフリーの医師なんているはずもありませんからどんな先生なんだろうと疑問を持っていました。ある時直接聞いてみたのですが、どうやら引退した医師がそのようなときに頼りになるのだそうです。なるほど、その手があったかという気持ちでした。

なお、これはすでにかなり前の話になりますが、トラブルが頻発して3名必要な医師手配が全て不調に終わってしまったときに3名すべてを代診に切り替えたことがありました。タイトルの言葉はその時のセリフです。

正式な年齢は覚えていませんが、3名の医師の年齢をすべて足し合わせると240歳を超えるとかで「敬老の日」と呼ばれました。そんな年齢でしっかり診察できるのかと感じる方もいたようですが、意外に評判は良かったです。

当時は血液や画像のデータが無い環境で診察を行ってきた世代の医師ですので、現在の医師とは考え方がそれなりに違うようです。人間ドックの診察でベッドに横になってもらい、腹部触診をしたという話もありました。ちなみに腹部の触診は人間ドックでも一般的には行いませんので診察を受けた方の印象に残っていました。

こんな敬老の日は通常はあってはならないことですし、もう二度とないことを祈るばかりですが、健診の現場の対策としてこんなこともやっています。しかし医師というのはすごいですね。何歳になっても仕事が出来るんですから・・。

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